Skip to content

Jogjakarta(81)

2011年8月16日

R0017217R0017218

 昨日から寝ずにKKNの村へ。朝の6時ごろ、MMを出発してBorobdurを通り過ぎてさらに山間部へ。約1時間半のバイク運転だった。後ろに乗っていた柳井君がうとうとしていたが運転していた私は眠気が来なかった。山は非常に寒く、僻地も僻地。朝晩にMandiするのが億劫になうような熱帯とは思えない初冬の気温。7時半に発表がある小学校へ到着。バイク3台、合計6人で出発したが私の運転するバイク以外は道を間違え30分程度遅れて到着した。疲れてはいたが、急な斜面をけづって作った畑の景色を見るとすっきりした。

R0017222R0017250

 私と柳井君が到着した直後に発表開始。1コマ目は日本の文化紹介折り紙、書道などを関ペを使いながらもインドネシア語で紹介。体験型の授業であった。盛り上がりはまずまず。見ていると、2年前に参加したときのことを思い出して懐かしく感じた。言語面の問題、文化の差の問題、いろいろあるがそれを気にしすぎて引っ込んでしまうより、やってみれば何とかなるということがわかるプログラムになっていると感じる。今回は南海放送のカメラマンの方も村に滞在し、映像におさめてDVDを作るという試みが行われている。毎年進化がみられ、今後が非常に楽しみである。私にも協力できることがあれば協力したい。 

R0017255R0017259R0017268R0017272R0017289R0017296R0017298R0017300

 休み時間にいつものメンバーで砂場で幅跳びしていると流行ってしまい。小学生たちも次々に跳躍。なかなかい写真が撮れたと思う。

R0017304R0017317

 休み時間が終わり、次は防災の授業。Merapi山の噴火と日本の津波など防災をキーワードにして発表。避難訓練をわかりやすく紙芝居で説明。その後、実践訓練。手作りの火山灰やフリップを使い、工夫が感じられた。UGMの偉い先生たちもたくさん参観していた。中に、京都大学の東南アジア研究所の研究員の方もいた。最後にドラえもんの歌をみんなで歌って授業終了。発表においてUGMの学生との協力が見られれば更に良いものになると思う。

 昼前になり、帰りに寝てしまうとまずいので早めに帰路に着く。

R0017318

 帰りに食べたMie ayamが結構おいしかった。食後には猛烈な眠気が来ると思いきや、意外と眠くならず、安心した。

R0017319R0017321

 帰りも飛ばして帰り、すぐに就寝。17時15分にCak Antoで集合して夕食。

R0017326R0017327

 食べ終わって柳井君のKostへ。最後の片付けと餞別を受け取る。タクシーを呼び、荷物を乗せて空港へ出発。

R0017328R0017329R0017331R0017332R0017334R0017335

 たくさんの友達に見送られ、彼は帰って行った。最後はIndahも号泣し、私も含め数名がもらい泣き。私自身、こちらに来てから彼には本当にお世話になった。この場で再び、お礼を言いたい。ありがとう。Sampai ketemu lagi.

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。